健康情報コラム・3

いつも「よい人」でいるとは限らない

竹中晃二(早稲田大学人間科学学術院教授・教育学博士)

生活習慣病の予防やメタボ対策において、例えば血糖値が下がる、体重が減少するといった成果をもたらすためには、食生活の改善が続く、運動の実践が続くというように、健康関連の行動が恒常的に続いていかなければなりません。しかも、減量のように、目に見えるような成果をもたらすためには、通常、食生活の改善や運動の実践を3ヵ月もの間続けることが必須条件です。しかし、人はその3ヵ月目が来る前に止めてしまいます。

私たちは、健康行動は始めるのも続けるのも難しいこと、しかも人にはそれぞれ始められない、続けられない状況や理由があることを理解しておかねばなりません。また、永遠の愛や一生涯ダイエットを続けることができないように、行動は必ず逆戻り、また再発してしまいます。私の研究テーマである「健康行動変容」では、人々に対して、健康行動の開始・継続をどのように促進させるか、逆戻り・再発をいかに予防するかについて、行動変容の原理原則に基づいて、うまい「しかけづくり」を開発し、それらの効果を評価することを目的として研究を行っています。

わかっちゃいるけど・・・

タバコを止める、食生活を改善する、運動を始める、このような行動を開始させることに限っては、もし対象となる人が自分の健康に危機意識を持っており、すでに動機づけが高い人であれば、たとえ専門家から通り一遍の指示を与えられたとしてもうまくいきます。問題は、わかっちゃいるけどできない人を対象とする場合です。メタボ解消のために、やせるために、体力をつけるために、ある運動を行わないといけないと人は考えますが、一方で、そのことを目の前で専門家に指摘されながら指導を受けると、「私にはそんなことは到底できない」、「わかっちゃいるけどねえ・・・」、「あんな偉そうに言われてまでやりたくない」と現在の状況にとどまってしまいます。なかには、「メタボ、それがどうした」、「病気になったら考えるさ」と開き直りながら抵抗を示す人もいます。私たちは、抵抗感が強い人に対してどのように働きかけを行っていけばわずかでも変わってくれるかを考えています。

レジスタンス・トークに備える

地域の婦人会で現役員さんが新しく役員さんになってもらうべく候補者に依頼している光景を思い浮かべてください。

現役員さん:皆さんは、次の役員にAさんがなって頂くのが一番よいと言っておられます。他の方はすでに何らかの委員を引き受けて頂いてきましたので、Aさん、今回はご協力頂けないでしょうか。

Aさん:すみません。私にはまだ下の子どもの世話もありますし、第一、私にはそんな難しい仕事をこなすことは無理無理。お昼は仕事があるし、移動するにもクルマの免許を持っていないし、主人は夜に私が出かけるのを嫌がるし、帰ったら食事の用意、家事もやらないといけないし、近所には主人の両親もいてお世話もあるし、・・・し、・・・し、しっしっし・・・。

人は、やりたくないものには、「しっしっし・・・」と多くの言い訳を並べます。このように、勧められた行動に対してその内容が自分にとって重要ではないと述べたり、やりたくないという意志を示したり、またできない理由をくどくどと述べるような言動は、『レジスタンス・トーク』と名付けています。すなわち、新しいことを始めることに対して抵抗を示している状態です。人は抵抗を示しているうちは、新しい行動を始めることが困難です。もし、相手の人が、『チェンジ・トーク』、すなわち行ってみたいという希望、行わないといけない理由、できそうだという楽観的な態度を示すならば、その人は行動を行いやすくなります。

私たちは、完全に相手を説得できないにしろ、レジスタンス・トークに対して以下のような手を使って相手の反応を見るようにしています。先の新役員さんの例ならば、

  1. このまま断り続けたら、今後もっと大変な仕事が回ってきそうだということを相手に認識させる。
  2. 今その仕事を引き受けておけば、後は大変楽だということを相手に認識させる。
  3. この仕事はそんなに難しいものではなく、短い時間でどこでも誰でもできそうだということを認識させる、というものです。

健康行動の場合に合わせてみると、

  1. 今のように悪い行動を続けていくと、後、2、3年先にどのような問題が自分に生じるのかを考えさせる。
  2. もしわずかでも今の行動を修正していけば、どのようによくなっていくかを考えさせる。
  3. それならできそうだと思わせるような敷居の低い行動を勧めていく、となるのでしょうか。

逆戻りを予防する

さて、このウェブサイトを見ている皆さんは、「見ている」という段階ですでに動機づけられていて(私たちにとっては)行動を変えさせやすい「よい人」です。でも、いつも「よい人」とは限りません。やりたくない時もあるでしょうし、人からいろいろと言われるとそれこそレジスタンス・トークもでてきそうです。そこで、そういう時は、

  1. 今まで続けてきて得た成果、例えば体重がこんなにも減って維持できているのに、体力がこんなについたのに、着れなかった服がどれも着れるようになったのに、と運動を行ってきたことによる成果について再評価すること。
  2. 強度、量、時間を少し減らしたり、いつもと異なる運動を行う、歩くコースを変えて見るなど、いつもと違うことを行うこと。
  3. 取りあえず着替えてみる、靴をはいてみる、フィットネスクラブに行ってみるというように、いつも運動を行う前にすることをまずは行ってしまうこと。
  4. 友人や家族に応援を頼んだり、一緒に行ってもらうこと、などでその場を乗り切ることができます。

人は、皆いつも「よい人」でいられません。そんな時には、その状況を乗り切る工夫が必要となります。

バックナンバー

  1. 運動の三日坊主克服法を考える(竹中晃二)
  2. 運動の三日坊主克服法を考える:スモールチェンジの勧め(竹中晃二)
  3. いつも「よい人」でいるとは限らない(竹中晃二)

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著者・竹中晃二 プロフィール

1952年大阪生まれ。早稲田大学教育学部卒。ボストン大学大学院博士課程修了。教育学博士(Ed.D.)。現在、早稲田大学人間科学学術院(大学院人間科学研究科・人間科学部健康福祉科学科)教授。日本ストレスマネジメント学会常任理事、日本健康心理学会理事・編集委員、日本体育協会スポーツ医・科学専門委員会委員。専門は健康心理学、身体行動科学、行動変容、ストレスマネジメント、運動心理学。
近著に『ストレスマネジメント―「これまで」と「これから」―』(ゆまに書房)、『身体活動の増強および運動継続のための行動変容マニュアル』(ブックハウスHD)、『身体活動の健康心理学:決定因・安寧・介入』(大修館書店)など多数。
自身のストレスマネジメントとしてダラダラペースのジョギング、料理を作りながら飲むビール、夕食時の冷えた白ワインをこよなく愛す。